さて、今回はイタリア世界遺産の街「フィレンツェ」での素晴らしくエキサイティングな体験記をお伝えします。
前回のドイツフランクフルトの世界遺産ライン川クルーズの記事の最後にも記載しましたが、
イタリアが産んだイタリア文学最大の詩人でもあり、哲学者、政治家、
ルネサンス文化の最大の先駆者で「神曲」を書き後世の文化人や哲学者に多大な影響を与えた「ダンテアリギエーリ」の「デスマスク」との出会いをお届けします。
フィレンツェと言えば「ドゥオーモ」というイメージが強いと思います。
ですが、私にとっては「ヴェッキオ宮殿」と「ヴェッキオ橋」です。
この二つです。
理由は、ダンブラウン氏のラングドンシリーズ「インフェルノ」にあります。
何を隠そう、私はダンブラウン氏のラングドンシリーズの大ファンです。
そして好きすぎて、インフェルノ(小説)を読んで即フィレンツェに飛んで行きました。
そして、そして、「一人インフェルノツアー」を敢行しました。
ネタバレ御免でインフェルノのラングドン教授の逃走ルートを同じように辿ってみてきましたので、ここにアップします。良ければお楽しみください。
インフェルノでのラングドンは病院で目が覚めシエナと共にシエナの自宅でボッティチェッリの「地獄の見取り図」を見る。
ダンテの「神曲」の「時獄篇」をテーマにしたこの見取り図から「ヴェッキオ宮殿」内の「五百人広間」にある「ヴァザーリのアンギアーリの戦い」を目指す事になる。
まず向かったのは下記写真の「ピッティ宮殿」
ダヴィンチなどを養護しながらルネサンスの立役者となったメディチ家の住居としても使われていたピッティ宮殿のボーボリ庭園を抜け(朝8:00に行ったらまだ閉まっていて中には入れず、外からラングドン教授の逃走ルートを辿る)
ピッティ宮殿から「ヴェッキオ橋」の上にある、秘密の回廊と言われている「ヴァザーリの回廊」を通ってピッティ宮殿からウィッフィッツィ美術館に移動出来るようになっている。
橋の上の建物に窓がある通路が「ヴァザーリの回廊」となっている。
川の右側が「ピッティ宮殿」
川の左側が「ウッフィツィ美術館」と「ヴェッキオ宮殿」
ラングドンとシエナは川の右から左に逃走していく。
写真の奥の左側が「ヴェッキオ橋」です。
ヴァザーリの回廊が写真右の「ウッフィツィ美術館」に伸びていきます。
朝の8:30から沢山の人が並んでいました。
ヨーロッパでも最古の美術館の1つ。ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」やダヴィンチとヴェロッキオの「受胎告知」、その他ミケランジェロ、ラファエロなどの作品やルネサンス絵画の宝庫となっています。
奥の方に進んで行くと、すぐヴェッキオ宮殿が左手に見えてきます。
なんと、本当に繋がっていました。ラングドンとシエナもヴェッキオ宮殿にたどり着きます。
ヴェッキオ宮殿の前のシニョリーア広場です。
ヴェッキオ宮殿の前にあるダヴィデ像は本物ではなくレプリカです。
中に入ります。
ヴェッキオ宮殿には朝8:45頃到着したのですが、入館手続きをする方に私が「何時から入れますか?」と尋ねたら驚いた顔で「9:00からです、こんなに早く来る方はなかなかいないですよ」という事で9:00開館からヴェッキオ宮殿に入ろうとするお客さんは滅多にいないようです。
さー、ヴェッキオ宮殿に入館します。入館早速現れたのは「五百人広間」
かつて世界最大の広間だった「五百人大広間」は1494年にフィレンツェ共和国の代表議会用に作られ評議会の定数がちょうど500人だった事が名前の由来になっています。
ここにはインフェルノでも登場した重要な「CERCA TROVA」(探して見つけよ)が隠されています。
フィレンツェ共和国が広間左右の壁画を、レオナルドダヴィンチとミケランジェロに描くように依頼して2人が競っていたのですが、二人とも途中放棄してしまいます。
そこでヴァザーリがダヴィンチの作品の上に途中から描いた形になっているようです。
ヴァザーリの「マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い」の壁画の上のほう、肉眼ではほとんど見えない位置に「CERCA TROVA」(探して見つけよ)」があります。
ヴァザーリの壁画と裏の壁の三センチの隙間にダヴィンチの失われた絵が隠されているかもしれないという説が話題になっています。
天井にある「コジモ1世」も凄く綺麗です。
ラングドン教授が目を向けないようにしていた彫像「ヘラクレスとディオメデス」ですね。ペニスを握り合っています。
この中に「CERCA TROVA」があります。
そして、インフェルノでは「死者の目」を通して見よという方向になり、そこでマルタが登場します。
そしてマルタと共に向かうのは、、、
階段を上がり、進んでいくと、そこに現れたのは、、、
ありました。ついに会えました。「ダンテのデスマスク」
本物のデスマスクが、廊下の通路沿いに飾ってありました。
インフェルノのストーリー内では、このデスマスクが無くなっている訳ですが、ストーリーにあるような厳重な部屋には置いてありませんでした。
おそらくインフェルノがまだ流行る前だったので通路に置いてあったのかもしれませんが。
ダンテアリギエーリ、哲学者でもあり詩人でもあり、政治家でもある彼は非常に情熱的な人間だったのであろうというエピソードがインフェルノにも書かれています。
そんなダンテに敬意と好意を持ち、デスマスクでも良いので顔を合わせてみたいと思い、ようやくフィレンツェで顔を合わせられ感無量でその場から10分ほど動けませんでした。
インフェルノのストーリーでは、この後ラングドンとシエナがヴェッキオ宮殿から出る為に逃走するのですが、その逃走ルートは少し後に記載するとして、「ヴェッキオ宮殿のオススメ情報」をお伝えします。
ヴェッキオ宮殿の細長い煙突のような部分、↓
この細長い煙突のような部分の「一番上」に行けるんです。
薄暗くて狭い階段を何段も上がっていきます。そして最上階に着くとこんなに素敵な景色が見れます。
なんと「ドゥオーモ」をこんなに近い距離でほぼ同じ高度から見る事が出来るんです。
↓「ミケランジェロ広場」から見ると左側のヴェッキオ宮殿の塔の先端が分かりやすいですよね。
フィレンツェでドゥオーモを一番近くで高度な場所から撮影出来るのは「ヴェッキオ宮殿の最上階」なのです。
そして、更におすすめ情報は「朝一で登ると最上階に誰一人としていません」つまり「最上階を貸切独占状態」にできるのです。
世界遺産フィレンツェの街並みを朝から独り占め出来る、最高の贅沢です。
是非体験してみてください。
さて、話をインフェルノストーリーに戻します。
ラングドン教授とシエナは「地図の間」へ行きます。
やってきました。「地図の間」その名の通り世界の地図が描かれている部屋で真ん中に大きな地球儀があります。
そして、肝心の「アルメニア」ですよね。
「アルメニア」バッチリ見つけました。地図の間の右奥です。
写真をよーく見てもらうと分かりますが「アルメニア」の部分が「扉」になってます。
ラングドン教授とシエナはここから秘密通路を利用しヴェッキオ宮殿を出ようとします。(普段はこの秘密通路は入れないようになっていて今回は入れませんでしたが、今ではヴェッキオ宮殿秘密通路ツアーというのもあるようで入れるようです)
その後、「五百人広間の天井裏」を通りヴェッキオ宮殿を脱出します。
そして「天国の25」というブゾーニのダイイングメッセージを追って次なる場所「ダンテの家」に向かいます。
その続きはまた次回の記事で記載します。一旦ここまで、次回お楽しみに。